甘くも苦くも辛くもあり!ショコラの奥深い味わいを、人生になぞらえて堪能できる、芳しきスイーツ映画!

※内容に触れる箇所があります

僕の好きな、ラッセ・ハルストレム監督の作品です。

アカデミー賞にノミネートされたジュリエット・ビノシュ演じる、母ヴィアンヌとその娘アヌークが、フランスのある小さな村に引っ越して来て、ショコラ店を開く、というお話です。

明るく社交的な母、ヴィアンヌと、空想の友達を持つ娘のアヌークは、一族代々受け継いできたショコラの魅力を伝えるため、各地を旅して来ました。

北風とともに現れて、北風とともに去っていく。

不思議な魅力を持った母娘を、村人たちは、しかし温かく歓迎してはくれませんでした。

このランスケという村は厳格なカトリック教徒たちの暮らす村で、突然現れた不可解なよそ者を受け入れる感覚など、まるで持ち合わせていないような、排他的な雰囲気に満ちています。

さらに間の悪いことに、村はちょうど断食の真最中。ショコラの甘い誘惑など、もはや外敵でしかありません。

村長のレノ伯爵は、排他主義のお手本のような人物です。規律を重んじるあまり、父親のいない母娘への差別感情を露骨に匂わせながら、ヴィアンヌの行動を逐一見張っては、あれこれと批判し続けます。

村人たちも、そんな村長に倣うように、ヴィアンヌの店「マヤ」を遠巻きに眺めることはすれど、店内に足を踏み入れることはしません。

もどかしい気持ちのヴィアンヌですが、ひょんなことをきっかけに、数々の美しいショコラの魅力によって、店舗を貸してくれている老女アルマンドや、その孫のルーク、夫の暴力に耐えるジョゼフィーヌ、村の女性に片思い中の老紳士などと、少しずつ理解し合える関係を築いていきます。

この作品は、ショーケースに並ぶショコラの魅力によって、美しく彩られているわけですけれど、そのショコラをどのように演出して、村人たちとの関係性を変えていくのかが、一番の見どころとなっているように思います。村の厳格な空気感によって敬遠しながらも、抗えない食欲によってショコラに惹かれ、口をつけてしまう人々のリアクションも、ショコラに負けじとバラエティに富んでいます。

ヴィアンヌはお客さんが来店すると、最初に彫り物が施された円盤をカウンターの上でくるくると回すのですが、その回っている絵柄が何に見えるかによって、お客の現在の心情にぴったり合ったショコラを提供するんです。

この発想が面白いですね。人によって見え方が違うので、おすすめするショコラももちろん違います。馬に乗った女性が見えることもあれば、人の歯や真っ赤な血に見えることもあります。ヴィアンヌはそんな相手に、ダークチョコや、チリペッパーチョコなどを、得意げな笑顔ですすめます。こうした一つ一つの表情・仕草も演者の個性が光り、映画を楽しめるポイントとなっています。

僕の好きな女優の一人、ジュディ・デンチ演じる、アルマンドとのシーンもおすすめです。

(ジュディ・デンチが出ている名作は、こちら↓にもありますのでよろしければ)

病気で足が悪いアルマンドは、ヴィアンヌが気遣うように触れただけで、世話なんか要らない、とはねのけるような気性を持っています。

そんなアルマンドに、ヴィアンヌはホットチョコレートを差し出しますが、そこに隠し味としてチリペッパーをまぶします。

シナモンと勘違いしたアルマンドは、「ホットチョコにチリペッパーだって?」と驚くと、呆れ顔を浮かべ、せせら笑いを返します。

促されるがまま疑わしい顔で口をつけるアルマンド。しかし次の瞬間、驚いた表情を浮かべ、二口目にはすっかり味の虜となり、ついにはゴクゴクと飲み干してしまいます。

チリペッパー入れただけで、そんな上手くいく話もないと思いますが、どうしたって美味しそうに飲むんですね。 

映画を楽しむための味付けが、ふんだんに盛り込まれているワンシーンだと思います。      

ラッセ監督作品が好きな理由に、演技力の高さがあげられるのですが、アルマンド役のジュディ・デンチなどベテラン陣は言わずもがな、特に子供たちの演技が群を抜いています。

例えば「やかまし村の子供たち」「アンフィニッシュライフ」「サイダーハウスルール」など、一体どのような指導をしたら、まるでホームビデオのような子供たちの自然な姿を映しだせるのか、時には魔法でもかけたのかと感じてしまうほど、惹きつけられる作品がたくさんあります。

僕は映画の構成よりは、そうした演者の演技力を楽しみたいと思うほうなので、そこは絶対に外せない要素なのですが、ラッセ監督の場合、どの作品も裏切らない結果を味わえるから、安心して観ることが出来るのです。

ヴィアンヌやアヌーク、アルマンドをはじめとする村人たちの、見逃しそうなほど細かな演技一つとっても、しっかりとした根拠に基づいて作られたショコラスイーツさながら、芝居好きな鑑賞者をすっかり甘い味わいの虜にさせてしまいます。

それだけでも観る価値のある映画です。

冷めた夫婦愛が、ショコラによって改善する設定や、反対に、中々溶けきらないアルマンドの母娘関係もさることながら、夫セルジュの暴力に耐えるジョゼフィーヌとヴィアンヌの関わり合いも、緊迫感があり見逃せないシーンとなっています。

傷つくジョゼフィーヌを守ろうとするヴィアンヌの言葉に対して、夫のもとにいさせようとする仲介役の村長は、全く聞く耳を持ちません。それゆえに、非常に危険な状況はさらに悪化し続けてしまいます。

物事の真実を決して見ようとしない、セルジュと村長レノ伯爵の最悪タッグは、全く救いのない印象を与えますが、村長の卑劣な行為に啖呵をきり、セルジュの非道な言動に断固とした姿勢を貫くヴィアンヌの雄姿は、危険な緊張感とともに映画を一層盛り上げてくれます。

信仰の力を信じ、暴力夫セルジュを更生させようと躍起になるレノ伯爵の心には、次第に、信仰心とは真逆の何かが芽生え始めます。

中盤、恋の相手役として、ジョニー・デップも登場します。

ロマ(少数民族)の船団が村を訪れるのですが、その中の一人の青年役で、爽やかなギター弾きという役どころです。

ロマもまた、ヴィアンヌ母娘同様、村人たちから差別的な扱いを受けますが、そうした状況を尻目にヴィアンヌと青年の出会いは、やがてショコラを介して恋心という形に変化していきます。

ヴィアンヌはそんな中で、ショコラ料理をふんだんに使った、アルマンドの誕生日パーティーを催します。

出席者には、ショコラの魅力に懐柔されてきた村人たちの他、彼らが差別していたロマの青年も加わり、風習のくびきから解放された村人たちの、美味にもだえる表情がこれでもかと並びます。心がとろけるような食事風景は観ているだけで堪りません。(「美味しい映画」がお好みならこちらの記事もぜひどうぞ)

ヴィアンヌと青年との恋模様にさえ神経を病ませるレノ伯爵は、セルジュから誕生日パーティーの開催を知らされると、一気に憤慨します。

村人たちも何だか自分の言うことを聞かなくなるし、いつのまにかヴィアンヌやロマたちと心を通わせ合ってもいる。

そしてついには、セルジュの絶望的に愚かな行動が、忍耐の壁を決壊させると、何もかも上手く運ばなくなったのは、全てヴィアンヌ母娘のせいだと決めつけ、頑なに守ってきた規律を捨てた凶行に及びます。

排他主義の末路とは、かくも慣例的に訪れるか、と言わざるを得ないほど呆れきった展開は、不愉快極まりませんけれど、ラストへ向かって最高の前振りを描いてくれました。

甘いだけでは人生作りようもないとは思いますが、この映画は、ショコラのような甘さと苦さと意外性のある辛味まで、その魅力に詰め込んで、現実とファンタジーの絶妙な配合を成功させました。

愛や痛みといった熱を加え、やがて溶けきった硬質な厳格さは、雨後の竹林のように清々しい爽快さを持って、フランスの小さな村の中に、温かなハッピーエンドを迎え入れます。

そして再び、北風の吹く季節がやってきました。

ヴィアンヌ母娘の決断は、さらに甘く幸福な香りを風にのせ、ショコラの魅力に心を染めた村人たちを、この先もきっと柔らかな笑顔にし続けていくことでしょう。

優しい味わいが楽しめる良作です。お気に入りのショコラをおともに、ぜひご鑑賞ください。

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