※内容に触れる箇所があります
このタイトルの意味が、切なく響く名作です。
七十年代のアメリカ、ブルックリンで起きた、実話を基にした物語。三人の登場人物たちによって作られた、深く大きな家族愛を、丁寧な構成で描いています。
ショーダンサーのルディは、プロシンガーを目指しています。
ある日、自らが出演する舞台を観に来た、弁護士のポールと恋に落ちます。
あの時代は今よりも特に、差別意識が強かったでしょうし、その中で出会い恋を育むというのは、きっと命がけの選択だったのかなと思います。
ポールにしても、自分が同性愛者であることを家族や同僚に隠し続けています。そのため恋人関係に発展したルディに対しても、一定の距離を置きたがろうとします。
しかし、そんなポールの態度に傷つけられるルディは、決して卑屈な人物ではありません。
舞台に立って自分を表現するのと同じように、正しいと思うことを強引なまでに、正直に実行します。ハラハラする場面もありますが、ルディの生き方こそが、何より幸せな生き方のように思えてなりません。
時にそうした、ルディの真っ直ぐな態度を批判的にとらえるポールもまた、社会の中では傷ついて来た人だったのです。
お互いを尊敬し、愛しているはずなのに、ぶつかってしまう二人。
そんなおり、ルディは同じアパートに住む、ダウン症の青年、マルコと出会います。
劣悪な家庭環境で育てられているマルコを見て、ルディは自分が引き取りたいと考えます。弁護士のポールに相談し、やがて三人は家族として暮らしていくようになります。
この映画の美しいところは、普遍的な家族愛というものが、見かけではなく、深い母性や父性によって、揺るぎ無く描かれているところだと思います。
マルコは愛を知らないと言っていいほど、過酷な日々を過ごしていました。
しかし、ルディの持つ深い母性に触れることによって、本当の自分らしさを出せるようになります。
自分らしさを抑えていたポールもまた、厳しい差別や偏見の目に打ち勝ちながら、ルディとマルコのため、強い父性に溢れた行動をとってくれます。
これほど温かく、優しい家族の調和を、時代や差別意識は、容赦なく打ち砕きます。
からかい、暴言を浴びせ、地面を這う鼠を見るかのような視線で、正義をかざす。
それがどれほど醜いことか、この映画は余すところなく、鑑賞者をじわじわといたぶるかのように描いています。
登場人物はみな、その時代を生きた人たちです。今の価値観で見つめると、どうしても理解しきれない、したくない部分もありますけれど、裏を返せば、そうした細かな演出が叶っているということなので、より一層胸をえぐるシーンが印象的に映るのだと思います。
怒り、侮蔑、悲哀、憐れみ、幾種もの感情が、彼ら家族の幸せをとりまき、執拗に襲い掛かっては、中々離れようとしません。おそろしく巨大な時代の壁に向かって、それでも愛を見失わず戦うルディたちの姿は、映画の枠を超えて、まさに実話の膨らみを持って描き出されてきます。
同性愛者もダウン症も、映画の中では偏見を持たれます。けれど、偏見を持って人を傷つける人間に対する批判は、不思議なことにどこにも見当たりません。
それは現代においても、残念ながらどこかしらに感じてしまう部分でもあります。まるで言った者勝ちの、先だし特権のような、それこそが世の基準だとでも言うかのような偏見や差別は、当然のように人を傷つけられるほど、独立した権限を与えられているものなのでしょうか。
弁護士ポールを通して、正義の一刀を描く側面もある本作は、そんな不可思議な矛盾を痛烈に描き、鑑賞者の心に深い愛の痛みを覚えさせてくれます。
裁判官をはじめ、彼らを傷つけた人たちの表情は、賞賛に値するほど冷徹です。感情移入をするあまり、演者を憎みかねないほど情け一つない姿が、マルコの傷だらけの心を、より浮き彫りにします。
映画としては大成功のシーンと言えるでしょう。
得たものと、失う恐れから、逃げずに生きたルディたちの人生。
ハッピーエンドのおとぎ話と、大好きなチョコレートドーナッツを求める、裸足のマルコの心には、そんなルディとポールの愛が、どれほど育まれていたでしょうか。
感動とは涙を流すばかりではありませんが、この映画は、そうした意味を根底に抱いた、強くも切ない、あまりに幸福な愛に包まれた作品となっています。
だから、また観たくなるのだと思います。
劇中を飾る、ルディの歌唱シーンも、見逃せない場面の一つです。
彼の力強い歌声には、言うまでもなく聞き入ってしまいます。
ルディを演じたアラン・カミングは、トニー賞(ブロードウェイ演劇の年間賞)を受賞した俳優です。僕はまだ観たことはないのですが、「グッド・ワイフ」というテレビドラマで、不動の人気を得たとか。機会があったら観てみたいと思います。
そんなルディの歌が多くの人々に届くシーンでは、ポールの愛が何よりのいろどりを添えてくれます。
愛を知る人たちだからこそ生み出せる美しさが、そこかしこに散りばめられた名作映画。
堂々と、自分らしく愛を貫いた彼らの真実の物語に、どうぞ心を委ねるように訪れてほしいと思います。
きっと、誰かを深く愛したいという気持ちになることでしょう。