※内容に触れる箇所があります。
料理映画は数あれど、これほどエンターテイメント性に優れた作品は、多くないでしょう。
主役のジョン・ファブローは、制作も監督も脚本も担当した、多才な人物。
それがまず、凄いことだと思います。彼の頭の中がエンターテイメントであり、その中で練り上げられた世界を、観ている人たちが無理なく楽しめる形で、見事に表現したのが、この映画です。
調理のシーンなど見ごたえありますし、確かに料理人としての彼らがそこに存在していました。
構成も、出て来る料理も言うことないですが、脇を固めるやんちゃな料理人たちのキャラクターも、随所で映画の味を引き立ててくれています。
スカーレット・ヨハンソンが、脇で物語を支える役どころを、さりげなくこなしていますが、そのさりげない演技が、役者としての実力を証明しているようにも感じられて、個人的にはささやかに感動していました。
ジョンが演じる主人公カールは、腕の好い料理人です。
料理が好きで、こだわりもセンスもあり、新しい味を追求し、自分の仕事に誇りを持っています。
映画の味付けをガラッと変えてしまうほど辛口な批評家との、火花散る対決が待ち受ける中で、「星」を目指して自分のこだわりを貫こうと、着々と準備を進めていましたが、ダスティン・ホフマン演じる、保守的なオーナーとの意見の食い違いで、残念ながら働いていたレストランを辞めてしまいます。
感情的になって起こした、軽薄な行動では、人生の憂き目にも遭います。
彼には離婚した妻と、小学生の息子がいますが、どちらとの関係もよいとは言えません。
店に勤めている頃から、そのプロ意識のあまり、息子との約束を破ったり、十分な話し相手をしてあげなかったりと、信頼を損なう行為を重ねてしまっていたのです。
彼が感情的になって店を辞めたことも、家族との時間をおろそかにして息子の気持ちを傷つけていたことも、間違った味付けだったのかもしれませんが、彼はその状況から挽回の一手をかけていきます。
星を求めて、クオリティーの高い料理を創作し続けて来た彼が、店を辞め第二の料理人人生で出会ったのが「キューバサンドウィッチ」でした。
元奥さんの提案で、マイアミに赴いたときにその驚きの美味しさを知ったのですが、更にその販売手段として、おんぼろトラックを一から改装し、見事に可愛らしい「フードトラック」に生まれ変わらせるのです。
映画タイトルにもある、このいわゆるキッチンカーが登場するシーンは、まさに冒険心に溢れた演出で、息子とのぎこちないながらも協力し合う改装シーンなどは、祭りの準備さながらワクワクさせてくれます。
そして、何よりの主役であるサンドウィッチの魅力が抜群です。
バゲットに塗ったバターやマスタードの風味、トーストしたバゲットの香ばしさ、ハムやチーズやローストポーク、酸味の効いたピクルスの味わいが 、画面を超えて鼻先まで届いてくるほど、香り強く立って来ます。
中盤辺りで最良の助っ人が現れてくれるところも、視聴者を喜ばせてくれるポイントです。
息子も加えた三人体制で、新たなフードビジネスを開始するカール。
確かエンドロールの時だったでしょうか、このキューバサンドウィッチの調理シーンのための、プロの指導風景が流れるんですけど、そこが本編並みに好きなところになりました。
指導係の男性は、鉄板の上で調理を実践し、ジョン・ファヴローに熱心に教えていきます。
料理はフィーリングだ、みたいな教え方が基本で、どんどん自分の指導や言葉にも熱を込めていきます。
焼き加減も、たった1秒の違いで出来栄えが左右される、まさに芸術的な仕事なんだ、という気迫で、これ以上、長く焼いても、短く焼いてもダメだ、と絶対的な自信を持って言い切る姿勢こそが、星三つあげたいほど心をつかんでくれます。
そうした感覚的な雰囲気がたまらなく面白くて、一見雑に見える手の加えかたで、さあ出来上がり、となるんですけど、最後にはすっかり食べてみたい気持ちにさせられてしまう、パフォーマンス力の高いおまけ映像となっています。
これは本編でも言えることで、一つはカールが店にいる時、新しいソースを作って同僚たちに試食させるんですけど、またそのやんちゃんな料理人たちのリアクションが、群を抜いているんです。
確かに美味しいのだろうなと想像できるシーンなんですけど、実際ペロッと舐めてみたら、「ホー、シットッ!オー、シットッ!(クソうめー、やべーうめー)」と、頭抱えて興奮気味に連呼するんです。
一切冗談は含んでない、真剣そのものの表情で、ボスであるカールにどれだけ美味いかをアピールする、ジョン・レグイザモ演じるマーティンのリアクションが一番好きです。
この方はコメディアンだそうで、それを聞くと納得できる表現だとも思います。
余談ですが、あれはもしかしたら彼のアドリブだったのかな、と思ったりもしました。
マーティンのリアクションに対する、カールの反応は、普通に観たら、仲間の反応が嬉しくて笑いがもれちゃっている、という印象になるんですが、単純にレグイザモの演技が面白かったのかな、という風にも映ったんです。
そう思って観ると、また違った楽しみ方ができて面白いです。
日本の映画やドラマでもそうしたシーンは意外と多くありますが、アドリブというのはリスクのある諸刃の剣だと思っています。要は視聴者を置いていってしまうんですよね。
もしあれがアドリブならお見事です。
芝居と本心を絶妙な匙加減で混ぜ合わせ、素晴らしい調理をしてくれました。手際のいい包丁の音や、大きな手が小さなスプーンで計量器のソースをカチカチ混ぜる軽妙な音とともに、調理過程をたっぷり堪能しながら、 日本人には決してできない様々な演技を、思いっきり楽しめる一押しのシーンの連続。
やっぱり料理映画では、このような厨房でのシーンこそが視聴の醍醐味だと再認識できます。
試行錯誤を繰り返す、カールの料理研究シーンは当然見ごたえがある中、脇役たちのオーバーリアクションこそ、最高のスパイスとなっているように思います。
もう一つ簡単に紹介させてほしいシーンがあります。
スカーレット・ヨハンソン演じる、モリーとのシーンで、カールはさらっとパスタを作ってあげるんですけど、これを食べた時の彼女のリアクションもまた、料理殺しというか、リアクション勝ちというか、美味しさの表現としては、得も言われぬ感満載でたまらないのです。
美味しそうに食べるにもほどがある。役者の腕の見せどころとして、大満足の表現を叶えてくれました。
そんなこんなで、各地をフードトラックで回って、息子のナイスサポートによって発展していく新しい商売は、感動的に、ラストへ向かって盛り上げていってくれます。
立て続けにくる注文をさばくシーンも楽しいです。
観てると、一ドル二ドルくらい、気にしてないような大雑把なノリで注文を受け、会計を済ますんですけど、そこは無論しっかり計算対応している、イケイケの主人公たちの普段とのギャップが、好ましいシーンになっています。
息子も調理に参加して、見事に連携を果たしますが、いつの間にか親子の関係も信頼感たっぷりで仕上がっており、キューバサンドウィッチの香ばしい匂いと一緒に、胸をいっぱいにしてくれます。
各地を走り、お客さんの舌を喜ばせては、やがてエンジン音が遠ざかっていく景色の中で、料理人たちの優しい夢はさらに輝き、最高の記憶とともに食後の余韻を残してくれる。
時にフルコースにも勝る、美味しさ、楽しさ、愛しさといった、絶妙な味付けがほどこされた料理映画。キューバサンドウィッチ片手に、ぜひご鑑賞ください。
今年をしめくくる一本としてもぴったりな内容だと思います。
この物語を観た方々が、本編の続編を作るように、わくわくと楽しい気持ちでまた来年も過ごせますように。