※内容に触れる箇所があります
一般女性が起こす、復讐劇。
キャリー・マリガン主演。
今回の彼女の役どころは、昼はコーヒーショップで働きながら、夜になるとナイトクラブに出入りをし、泥酔したふりして、ナンパしてきた男たちに制裁を加える、という危険な女性。
相手が酔っているのをいいことに、平気で手を出す卑劣な輩は罰を受けるべきかとは思いますけど、あえて懲らしめるというのは、とてもリスクのある行為です。肯定はしかねますが、そこには同情すべき喪失が絡んでおり、物語が結末に向かって大きく跳躍するための、大事な助走にもなっています。
新作コーナーを物色していたら、こうしたあらすじと、アカデミー賞脚本賞を受賞したという文言に惹かれ鑑賞しました。
僕がいつも疑いを持つ、「衝撃の結末」がキャッチコピーの作品です。
しかし、結論から言うと、その部分は良かったです。非常に残念な結果である反面、映画として面白いなと思いました。
本編で注目すべきポイントは多々ありますが、まず言いたいのは、キャリー・マリガンの迫力のある演技。表情や声のはしばしから度々漏れてきます。
「シェイム」「わたしを離さないで」「華麗なるギャツビー」などで見せるキャラクターとは異なる感じが、とても好ましかったです。
例えばリスクに動じないとか、相手を圧するような演技って、そう見せる演出だけでは不十分で、もとの役者に備わる胆力も必要だと思うんですけど、キャリー・マリガンにはそれがあるように思いました。
キャリー・マリガン演じるキャシーは、三十歳を迎えた今も、過去に生き続けている女性です。
大学時代に起きた、ある暴行事件で、親友と自身の前途ある未来を失い、憎しみに心を奪われています。
夜な夜な、当の事件とは関係ないナンパ男たちに制裁を繰り返すところは、サイコスリラー的な緊迫感がありますし、実際当時の関係者に接して復讐を重ねていく展開も、スリリングな雰囲気に溢れているのですが、その雰囲気やキャシーの迫力の割には、どの復讐もスケールの小さいまま収まり、まあ、その程度でよかったかと、胸を撫で下ろすような結末になっているので、個人的には少し肩透かしを食らった気分になりました。
ただ、特典映像で監督が言っていたことですが、一般女性が復讐を考えた場合、きっとこのような展開が限界であり、現実的なのではないか。そう思えば、確かにリアリティーがあるようにも思えます。
心が暗雲に包まれたままのキャシーに、突然訪れる恋愛模様は、そんなささくれだった日常に、甘い光を差し込みます。ひとときの幸せが、とても可愛らしく描かれています。
キャシーがコーヒーショップで接客する態度も面白いです。あまりにも酷い対応だからです。
店員の気分次第でコーヒーを出してもらえない日があることを、初めて知りましたが笑、「最悪、信じられない」、といった態度で注文を諦めて、席に座り直すお客の女子学生も、なんか面白いです。座り直すのか、と思いながら笑ってしまいました。僕だったら別の店行きますけど。
親友を奪った復讐相手との対決シーンから、「衝撃の結末」前後のシーンは、色んな意味で見どころがありました。
あれほど醜悪な悪意や、その感情が情けなく崩れた役者の表情なども、容易に出会うことのない人物像なのに、どこか既視感を覚え、生々しいなと感じました。
その理由は、極度の幼児性にある気がします。復讐相手の内面はまるで子供なのです。
利己的で、ずるくて、臭いものには平気で蓋をする。幼さの悪い面があぶり出される、非常に複雑な心境にさせられるシーンになっています。
監督は、この映画に悪人は出て来ないと言います。善人も悪事を働いてしまうものだと考えるからです。
確かに、自分自身も含め、人間は誰しも善悪で成り立っているものだとは思います。
孔子の言葉ですが、十人中十人が悪人と言う者は、悪人に決まっている。十人中十人が善人と呼ぶものも善人とは言えない。本当の善人は、十人中五人がけなし、五人が褒める人物だ。
そこのバランスを理解した監督が作った作品だと思って見れば、最低な人間の姿も、また違った観点から眺めることが出来るように思います。
あえて加害者の立場に立ってこの結末を見たとき、きっとあのような最低最悪な選択をしてしまうのが、人としてある意味当然のことなのだろうな、とも感じました。
キャシーは本当に復讐を果たすつもりでいたのか。その疑問がよぎると、心が強く締めつけられてしまいます。
この映画にしてキャリー・マリガンは只者じゃないと言わしめながら、エメラルド・フェネル監督の才能でなければ生まれなかった、いい意味で「善なる理想的思考」を砕き続けた本作。
気落ちするような重いテーマを、監督のポップでカラフルな感性が、色鮮やかに描き出しました。
キャリーが監督と一緒に受けているインタビュー動画も、本編並みに楽しめるのでおすすめです。※YouTube、クランクイン!で観られます。
他の役者・登場人物への敬意や理解が、とても深いうえ、二人のユーモアのあるキャラクターが際立っているので、鑑賞後に観るとより楽しいかもしれません。考察力も素晴らしいんです。
善人でい続けることを、互いに強迫的に求め合ってしまうような時代に、正直な一石を投じた映画となっています。
今の価値観に窮屈さを覚えている人には、一層響くものがあるはずです。ぜひご鑑賞ください。